バイオゲージ開発の歴史
独自のシステム、バイオゲージ B.P.S. そのアイデアと開発秘話
ルーツはAG-90
さかのぼること1980年代、日本潜水機株式会社の前身である株式会社アポロスポーツでは、折からのダイビング市場の右肩上がりの風潮も受け、残圧計など、ゲージ類の開発に並々ならぬパワーを注いでいたのでした。そのゲージ類の開発の原点ともいえる2つのゲージがあります。
一つは潜水時間を自動計測するタイマーを装備した残圧計AG-80、そしてもう一つが一定の圧力までタンク圧が下がると音と光で警告を発するAG-90でした。AG-80はその後デジタル水深計AG-100へととってかわり、さらにはダイブコンピューターの先駆け1995年発売の「pico」へと進化して行きました。一方AG-90は長期にわたり内外で好評を博して生産を続けましたが、90年代の不況下で、重要な構成部品をメーカーが生産を中止するなどし、生産ができなくなり廃止機種となってしまいました。
このAG-90は、高音の電子ブザー音と赤色LEDによる警告を、タンク圧力が50barを切ったところで出すというもので、音による認識性が高く評判ではありましたが、逆に複数のダイバーが使用していて鳴り出すと、誰の物が鳴っているのか判りにくい、当時のブームで混雑した海だとほかのパーティーの誰かの音まで聞こえてしまい、ガイドやイントラが混乱するということも言われていました。さらには、音はいらないからフラッシュ点滅がほしいという意見が多く聞かれるようになってきました。これには理由もあり、水中での音の伝わる速度が空気中の約4倍と速いため、左右の耳でのステレオ効果がその分少なくなるため方向がほとんど分からなくなる事によります。
当時のLEDはまだあまり明るくなく、自動車のテールライトなどには到底採用できるレベルの物はありませんでした。かといって、ストロボなどを内蔵したのでは、バッテリーを大きくしないととても実用になりません。こんなわけで、部品調達の切れ目とともに、一旦市場から警告付残圧計は姿を消したのでした。
安全潜水への願いと開発意欲
職業柄、毎年のようにダイバーが事故に合い、残圧がゼロになっているという事例を耳にします。なぜ、そこまでエアを使い切ってしまったのか、なにか効果的に知らせる方法は無いかと、脳裡の片隅にあったのですが、だったらいっそ、充電式にしてしまおう。そうすれば電力を少しぐらい多く消費しても問題ない。そういった思想から、当時流行りはじめた電動歯ブラシの非接触充電技術を研究し、採用しようと試作していました。しかし、開発には必ずいくつかのハードルがあります。
・警告機能の電源をどうやって入れる? 外部にスイッチを付けるか(水センサー式の)
・警告は音をどうするか、光(フラッシュ光)はどのくらい必要か?
・現状のゲージと同じサイズでできるのか?
・コストや開発費を膨大にかけられるのか?
といったことが眼前にすぐに浮かんできました。
でも、安全なダイビングを約束するゲージは絶対作りたい…
そんな言わば執念のようなものからいろいろな試行錯誤やアイデアの模索が始まります。まず、非接触充電ですが、専門の電気機器会社と何度も打ち合わせ、基本的な試作品までは到達しました。しかし、コストがどうしても膨大になり、かつてのAG-90のように多くの方が手軽に購入して使ってもらうような製品にはできそうにありません。かといって、ユーザーが交換できる電池をゲージに搭載する場合、コイン型の小さなリチウム電池が精いっぱいです。
そこで、大きな発想の転換を行いました。それは、電池容量が小さいのなら徹底的に省エネし、待機電力はもちろん動作時の電力も極力減らしてなおかつ十分な視認性を追求しようというものでした。水センサー式スイッチも、ダイブコンピューターなどでは採用していましたが、接点が腐食したりスタンバイ電流もやや大きいなど、いくつかの問題がありました。
(写真:バイオゲージのバッテリーとバッテリースペース)
消費電力との戦い
ダイビングは毎日行うとは限りません。むしろ月に1度あるいは年に数回という方も多く、ほとんどの時間はこの警告機能にとって、いわゆる待機時間となっています。使わないのに半年で電池が終わったというのでは、製品として成立しませんし、結局電池が終わったまま使うことが多くなり、せっかくの機能が役に立ちません。しかし、圧力計にエアが入ったことを感知して警告機能をスタンバイ状態から動作状態にするためには、一番簡単なのは機械式接点のスイッチですが、これを使用すると繊細で小型な圧力計は、そのスイッチの力だけでも指示値に大きな誤差を含んでしまい、いろいろな方式を検討しましたがすべて満足が行くものではありませんでした。
接触式がだめなら非接触式、でもAG-90で使用した磁力によるスイッチは、コンパスに影響を及ぼすことがあり使いたくありません。そこで、光によるスイッチング機構を試すことにしました。光なら、光センサーを使ってスイッチングすることができますし、残圧計の針と連動して動く遮蔽板をうまく使って、圧力がかかって指針が動いたらセンサーに光が入り、スイッチが入るような仕掛けを考案し、いろいろと実験を繰り返しました。その結果、待機電力がきわめて小さい(液晶の時計並み)のシステムが出来上がりました。
(写真:バイオゲージの内部構造)
視認性はどうする
待機電力は何とかクリアしました。次は肝心の警告時の視認性です。視認性が良いのはフラッシュ点滅であるという意見が、AG-90を販売しているころから販売店やイントラの方々から多く寄せられていました。幸い、当時から色々な技術の進歩があり、LEDも大変明るい物が手に入るようになってきました。そこで、小型で明るいLEDを点滅させるという作戦に決定し、消費電力を考慮した回路を組み試作したところ、どうやら実用になりそうであることが判ってきました。試作では、赤・オレンジ・黄色などいろいろなLEDでテストし、現在のやや赤寄りのオレンジ色超高輝度LEDに決定、警告動作時の点灯している時間を数ミリ秒程度と短くすることで総消費電力を抑え、警告が出た状態で浮上し、エアをパージするまでは点滅し続ける警告時の消費電力も十分考慮することができました。これでようやく市販化にこぎつける事となったわけです。
(写真:バイオゲージの超高輝度小型LED)
バイオゲージのこれから
エア切れの事故が起きなければ、残圧警告付ゲージなんて必要ありません。日ごろから注意しているから絶対大丈夫です…ほとんどのダイバーの方は、こうお思いでしょう。しかし、絶対が無いのがこの世の中ということは、3.11の原発で思い知っているのも事実です。
もしもの時のために、安全なダイビングを続けていただきたいという思いだけで開発したバイオゲージ、ぜひ多くの方に使っていたきたいと願い続けるばかりです。